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「ちょっといいかな」
「あんだ? 聞こえねえよ。しゃきしゃきしゃべれねえのかよ、この口は」
「いたたた、ぼ、ぼ、ぼく、なにも言ってないよ」
「あ? ……ボコる」
「だ、だから」
「桂城じゃないよ。ちょっといいかな。教えて欲しいことがあるんだ」
「は? あ? どこだ?」
「奇遇だな、俺が知りたいのもそれ。そこ、どこなんだ?」
 場所はこの島唯一の小学校、1階端に位置する職員室だった。パソコンや通信傍受用の機械、大型モニタに発電機、それに大勢の兵士たちがひしめき合っている中、最も奥まった場所だけはちょっとした空間が作られている。そこをひとりの女兵士が縦横無尽に動き回り、3人の登場人物を巧みに演じ分けていた。乱暴者といじめられっこ、そして落ち着き払った少年。くるくると変わる表情や声色に、ある観客は息を呑み、ある観客は誰も頼んでいないのに解説をはじめた。女兵士は最後のセリフを言い終えると、ぴたりと歩みを止め、ぺこりとお辞儀をした。見事なひとり芝居に部屋中から惜しみない拍手が沸きあがった。
「マヤ!」
 下手に控えていた4人の女兵士たちが名女優・奇多島マヤを笑顔で出迎えた。
「麗、みんな!」
 マヤは男と見まごうほどのハンサムな女兵士に抱きつく。舞台度胸はすば抜けているマヤだが、舞台を降りれば恥ずかしがりやで甘えん坊な女の子なのだった。
 マヤを含めたこの5人は“劇団つきかぐ”の一員だった。といっても“劇団”というのは通称で、その実際はマヤたちが所属する駐屯地内の演劇部である。その名前のとおり、創始者は今プログラム担当官で元女優の月家具だ。主な舞台は創立記念祭のような軍主催のイベントだが、軍人の片手間に努めているとは思えないほどの演技力が評判を呼び、毎回整理券が必要になるほどの大盛況ぶりをみせている。いまではどちらが本業かわからなくなっているほどだ。
「とまあ、こういうわけなんだよ。どう思う?」
 麗と呼ばれた兵士は、マヤの頭を撫でながら、仲間たちに意見を求めた。
 そう、マヤがステージに立ったのはひとり芝居を披露するためではなかった。生徒たちに取り付けられた首輪は音声を拾える仕組みになっているのだが、ある会話に不審な点が見られたのだ。それを聴いていたマヤがモニタ監視担当の麗に相談したところ、同僚たちに報告がてらこうして再現することを勧められた。マヤは盗聴記録をただの1度聴いただけで丸暗記できるため、コンピュータの記録を再生するよりこうして演じたほうが早いのだった。
「わたしにはただ単に、道に迷ってしまったから現在位置を尋ねた、というふうに聞こえるわ」
「けれど正体は晒したくないから隠れたまま」
「と、そんなところではないかしら?」
「いや、さやか、泰子、美奈。それがちがうんだ。ごらんよ」
 麗は壁一面に設置された大型モニタを指差した。会話をしていたうちのふたり、M04とM05はほぼ同じ場所にいるが、もうひとりのM17とは500メートル以上離れている。
「ちなみにこの会話が交わされたのは5分前。でも3人とも半日前から移動していない。話せるはずがないのさ」
 その衝撃的な証言に全員が白目を剥き、部屋中を激しい電撃が走る。つきかぐメンバーの美奈が彫刻のような顔を青くし、呟いた。
「そんな……ばかな……」
「オーホホホホホ! おそろしい子!」
 そんな重々しい空気を引き裂くかのように、重厚な声が響き渡った。兵士たちが一斉に注目した扉のほう、別室で休憩していたはずの月家具が、彼女の身辺警護を担当しているおじさん兵士と、マヤと同じく護衛兼通信傍受担当の美人兵士を引き連れて立っていた。
「先生!」
 つきかぐの団員たちは、ほとんど反射的に月家具へと駆け寄った。月家具が目の辺りを光らせる。
「彼は自由に声を飛ばせる魔法を知っているのでしょう」
「ええっ!」
「それはいったいどういうことですか、先生!」
 熱くなっているつきかぐメンバーを尻目に、なにもかも承知しているような様子で美人兵士・緋眼川亜弓が口を挟んだ。
「魔法を使うということは、我々に手の内を明かしたも同然。彼はそれを承知の上であえて危険を冒したのですね」
「ええ、そうですね」月家具はにっこりと微笑んだ。「彼に他意はないのかもしれません。けれど、首輪の仕組みに感づいていることは事実。これから男子17番の動向に注意すること。いいですね」
「はい!」
 日頃の発声練習で培われた成果か、職員室中に割れんばかりの返事が響き渡った。
「奥様、お客様がおみえです」
 そんなおじさん兵士の言葉により、あたりのボルテージが一気に下がる。月家具が怪訝な表情を見せた頃には、室内にふたりの男が押し入っていた。スーツを着込んだスマートな青年と、ベレー帽にサングラスに顎鬚という風貌の中高年男性だ。
「真澄さんに小野寺さん。ここはいま、関係者以外立ち入り禁止のはずですよ」
 月家具が露骨にいやそうな顔をすると、ベレー帽はパイプを咥えながら言った。
「そんなものは金の力を借りればどうとでもなりますよ。……おやおやこれは、亜弓くんじゃないか。うまくやっとるかね」
「ごきげんうるわしゅう、小野寺先生」
 亜弓は優美にお辞儀をする。小野寺は月家具とは別の部隊でやはり演劇部の顧問をしており、亜弓はその通称“劇団おんでぃ〜ぬ”の看板女優だ。つきかぐとおんでぃ〜ぬは昔からなんのかのと足を引っ張り合っており、同時にマヤと亜弓はライバル同士だった。そして真澄と呼ばれた青年は、おんでぃ〜ぬに出資している芸能プロダクションの若社長だ。
「なんの用ですの? ご覧のとおり、今は忙しいのよ」
 月家具は、持ち場に戻って台本の読み合わせや食事のパントマイムをしている兵士たちを示した。
「陣中見舞いです。それにまったく関係がないとは言い切れんのですよ。我々も例のトトカルチョにちょっとばかり噛ませてもらいましてな。なあ、真澄くん」
「いえ、ぼくは政府関係者ではないですし、賭け事にも興味がありませんので」
「ははは。まったくきみという男は。仕事以外にも目を向けたらどうかね。ついでにわしの姪にもな」
「ははは」
 真澄は完璧な営業スマイルで小野寺をあしらうと、急に顔を引き締めた。
「それはそうと、月家具先生。担当官の座をお降りになると風の便りに聞きましたが」
「今大会で黒い噂ともおさらばというわけですかな。参加者の中に才能ある少女を見出しては、それを優勝させるため便宜を図っている、という噂とね」
 小野寺も真澄に続く。月家具は毛皮付きの豪華な椅子に座り、途端に悪役然としてきたふたりを皮肉った。
「そんなデマを信じるだなんて、おめでたい方たちだこと」
「ならばなぜ、あなたの受け持たれるプログラムでは毎回、首輪にスピーカーが内臓されているのでしょうね。生徒を直接手引きしているのではないですか」
「あら真澄さん、あなたにしては調査不足なのではなくて? スピーカーなんてもともと標準装備されているのよ。おまけのようなものだけれどね。わたしは使ったことなど一度もないわ。それとも不正行為の確たる証拠をつかんでいるとでもいうの?」
「とんでもない。ぼくは一介の民間人です。そんな力はありませんよ」
 真澄が明るくそらとぼけると、月家具はかっと目を見開いた。
「回りくどいこと! “くれなゐ天女”の上演権がほしいならほしいとはっきりおっしゃいな。そのためにわざわざこんなところまでいらしたんでしょう」
「おやおや、お察しがいいですな。上演権をお譲りいただく気になりましたかな?」
「条件があればお聞きします。権利金ならいくらでも積みますよ。すぐにでも用意を……」
 そうやって勝手に進められる話を遮るようにして、マヤと亜弓が同時に報告を飛ばした。
「先生! F09とM18、まもなく接触します!」
 フフフ、と月家具が笑う。
 キラリ、とふたりの女優の間に光が瞬く。
 ゴクリ、と兵士たちの喉が鳴る。
 大型モニタに映し出されたふたつの丸印に、無数の目が釘付けとなっていた。部屋の片隅にある掛け時計は正午を目指して密やかに時を刻んでいた。
【残り20人】