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 展望台から臨む眺めは絶景と呼ぶにふさわしいものだった。瀬戸内のやさしい海と、きりっと稜線を描く大小の島々、晴れ渡る空の圧倒的な青。山の新緑は晩春の日差しを受け、風が吹くたびに光を躍らせている。遮るもののなにもない、ため息の出るような大パノラマだ。だがそんな景色も、一緒にすごす相手によってはかすんで見えるのだということを、桂城友衛(男子4番)は身をもって思い知らされていた。
「あー、さみ。おいトモ、上着貸せ」
 小さな東屋に鋭いだみ声が響く。途端に全身の筋肉が強張り、華奢な体がいっそう萎縮した。背後からの呼びかけに振り向けないでいると、右耳をちぎれそうなくらいの勢いで引っ張られた。
「う・わ・ぎ・か・せ」
 言いながら、北須賀祐(男子5番)は追いはぎのごとく友衛のブレザーを引っぺがした。それだけでは飽き足らず、怯える獲物の頭に拳固を一発見舞う。そして何事もなかったように柵際のベンチまで戻り、強奪したブレザーを腹に掛けて再び寝転がった。
 なぜこんな仕打ちを受けなければならないのか。小屋の隅で割れるような痛みに耐えながら、友衛は心の中で不運を嘆いていた。
 友衛の出席番号は祐よりも1つ若いため、逃げようと思えば逃げられたのに違いない。しかし友衛は、祐が出発する時間まで学校の玄関に留まった。これから来るであろう地獄のような未来を想像しながら。
 おそらくは、教室を出るときに振り返ったのがいけなかったのだと思う。窓際の後ろから3番目、出入り口から遠い位置にいるのに、友衛の目は真っ先に祐へと吸い寄せられてしまったのだった。その途端、祐の考えていることが友衛の脳髄を直撃した。曰く、「待ってなかったらただじゃおかねえからな」、と。
 それを妄想だと片付け、さっさとずらかることだってできた。そもそも待っていなかったからといって、広い島の中を人ひとり見つけるのは雲を掴むような話だ、報復される可能性は決して高くない。しかし、できなかった。もし捕まったらと考えると、校舎のガラス戸をまたぐ一歩がどうしても出なかった。北須賀祐の念力によって結界が張られているのかと思うほど、その場所は甚大な拘束力を宿していた。
 祐についていくよりは、友衛の次に順番がくる不良少女・空本比菜子(女子4番)に殺されたほうがよっぽど納得できる気がしたのだが、彼女は一目散に玄関を駆け抜けていったため、友衛と祐はいくらかの障害もなく合流するに至った。ふたりはそれから北へ2エリア、西の山の展望広場へたどり着き、ぽつんと建っていた東屋を落ち着き先として選んだのだった。
「オレはお前みたいなやつを求めてたんだ」
 そう声を掛けられたのは1年前のことだ。2年生に進級した当日、始業式の最中に肩を叩かれて以来、祐と友衛は完全なる主従関係にあった。祐が一目で見破ったとおり、友衛は幼い頃から気弱さに付け込まれ続けた、いわばパシリのプロだった。だから昼食を買ってこいと言われれば売店へ走り、急に漫画が読みたくなったと言われれば本屋へ走り、忘れ物をしたと言われれば片道30分の北須賀家へ走り、午前中には売り切れてしまう数量限定のシュークリームを手に入れてこいと言われれば授業を休んで街のデパートへ走り――用足しを命ぜられることは日常茶飯事だったので、1日中駆けずり回ったところで大して苦にならなかった。しかし北須賀祐が悪質なのは、そこに暴力を絡めてくることだ。なにか粗相をやらかしたというなら仕方がないが、仕事を完璧にこなしたときでも、ご褒美だとばかりに鉄拳や鉄脚が飛んでくる。配慮という単語を知らない祐の攻撃は、それはそれは容赦のないものだった。お使いならいくらでも引き受けるが、痛いのだけはどうにも耐えがたかった。
 先ほど殴られた頭頂部はいまだに悲鳴をあげている。その影響なのか、視界ではおかしな色がもやもやと出たり引っ込んだりしていた。紫や緑の中でまどろんでいる祐をにらみつける、それが友衛にできる唯一の抵抗だった。
 腕力によってすっかり骨抜きにされている友衛でも、下克上を狙わないわけではない。しかし、武器である鉄パイプは試合開始早々に祐に奪われ、不意を打とうにも打てなくなった(祐に支給されたのが消火器というどうしようもない代物だったので、無理やり交換させられたのだ。使いようによっては強力な鈍器になるかもしれないが、非力な友衛には持ち上げるだけで精一杯だった)。水や食料も根こそぎ横取りされた。なおかつ寝ずの番を強いられ、きっとこれからもいいように利用されるのだろう。そして最後には、ポイ。日常での下僕は、非日常でも下僕なのだ。肩書きはそう簡単に書き換えられない。
「くそ」
 前触れなく祐が目を開けるので、友衛は慌てて姿勢を正した。祐は天井を見つめたまま、苦々しげに舌打ちした。
「洸輔たちよ、オレを置いてどっかに集まってんだぜ、絶対。間抜け面並べてへらへら笑ってやがるんだ。くそ」
 それは夜中から何度も聞いた、友人たちへの恨み言だった。なんでも、青木洸輔(男子1番)が出発する際、駒澤岸郎(男子7番)鳥居雅治(男子11番)に何か書かれた手のひらを見せていたというのだ。それをなぜ自分にも見せなかったのかと、祐は愚痴る。
「しょ、しょうがないんじゃ? 席が離れてたから……」
 はじめてその話が上ったとき、友衛はそう意見を挟んだ。洸輔の席から出入り口までの間にいた岸郎と雅治ならともかく、祐の席はてんで明後日の方向にあるのだ。兵士たちが目を光らせている中、洸輔が祐に近寄ることは不可能というものだろう。しかし祐は除け者にされたことがよっぽど悔しかったらしく、友衛の正論を右ストレートでねじ伏せた。友衛は鼻血を拭いながら、もう二度とこの件に口を出すまいと決めたのだった。
「あいつら、次の放送で死んでりゃいいのに。それでも許さねえけどな」
 よく連んでいた仲間にすらもこの言い草である。案外、席が遠かろうが近かろうが、洸輔に祐を誘う気などなかったのかもしれない。少なくとも友衛には、彼らが祐を持て余しているように思えてならなかった。友衛ほどではないにせよ、暴力の矛先は洸輔たちにも向けられていたからだ。
「死ね。喉に飯つまらせて死ね。豆腐の角に頭ぶつけて死ね。バナナの皮に滑って転んで死ね……」
 祐はさらにくどくどと雑言を垂れていたが、その声が次第に力を失っていき、やがてぱったり途切れた。見ると、祐は長いまつげに飾られたまぶたを閉じ、胸をゆったりと上下させていた。
 9時を過ぎたあたりから、祐はうつらうつらすることが多くなっていた。ゲームが始まってからまだ1日も経ってないが、祐のように漫然と時を過ごしていれば眠くもなるだろう。このままずっと寝ていればいいのにと思いながら、友衛は向かいのベンチに腰掛けた。
 薄暗い東屋に木漏れ日が射し込み、祐の頬を撫でる。そよ風が柔らかな髪をなびかせる。こうして邪気を抜きさえすれば、ただそこにいるだけで絵になるくらい、その姿は端正なのだった。これで性格が粗暴でなければ、それなりに女子の人気を集めていたことだろう。友衛はさわやかに振舞う祐を思い浮かべ、苦笑した。
 その笑い声が目覚ましになったのかもしれない。祐が唐突に跳ね起き、まるで電車を乗り過ごしたときのようにせわしくあたりを見回した。そして友衛を視界に収めるやいなや、布団代わりのブレザーを投げつけてきた。ポケットに入っていたペンやボタンが顔面を打ち、予想以上に痛かった。
 眠りを妨げられたことが気に食わなかったのかと思い、被った布を恐る恐るめくる。案の定、祐はせっかくの綺麗な顔を鬼のように歪め、友衛の目前まで迫っていた。反射的に頭をかばったものの、殴られたのはがら空きとなった脇腹だった。呻きをもらす友衛に、祐は巻き舌で喚いた。
「トモお前、オレを寝かすんじゃねえよ!」
 言葉の意味するところがよく汲み取れない。友衛はおろおろしながらも、静かな時間を取り戻したいがために申し出てみた。
「え、え、遠慮せずに休んでよ。み、見張りならちゃんとしてるからさ」
 すると祐は友衛の髪の毛を力いっぱい引っつかみ、額を寄せた。
「そんなこと言ってお前、オレが寝たら逃げるんじゃねえのかよ!」
「は、……え?」
 友衛はぽかんとするほかなかった。
「黙ってるっつうことは図星なんだろ? あ?」
「に、逃げない、逃げないよ。断じて。誓って」
 両手を激しく振って否定の意を示す。祐はしばらく威圧的な視線を友衛に照射していたが、やがて表情を和らげた。
「そうかよ。絶対だぞ」
 そのつぶやきとともに、友衛は解放された。
 北須賀祐から逃げるなどという野望は、捕らえられた時点で捨てている。だから祐の勘繰りはまったく的外れなのだが、それよりも、飼い犬に手を噛まれるという発想が出てきたことに驚いた。逃げられかねないことをしていると自覚はしているらしい。
「返せよバカ」祐は友衛の肩に引っかかっていたブレザーを再び奪った。「トモが寒いことするから体が冷えたぜ。あー、さみ」
 寒いのは勝手に勘違いしたそっちじゃないかと胸の中で毒づいたあと、友衛はふと疑問を抱いた。確かにここは屋根に日を遮られているし、ほとんど吹きさらしの状態ではあるのだが、それほど気温が低いようには感じない。ベストとカッターシャツしか着ていない虚弱児より、水の冷たさに慣れているはずの水泳部員が寒がっているというのはどういうわけだろうか。
「あの……そ、そんなに寒い、かな? 風邪?」
「は? 意味不明なこと言ってんじゃねえよ。感覚いかれてんじゃね?」
 祐は悪態をつきながら自らの両肘を抱えた。何の気なしに目を落とし、いささか驚く。よくよく注意しなければ気づかない程度だが、その筋張った手がかすかに震えていたからだ。もしかして、と思った。
「怖い、の?」
 相手の機嫌を損なうのは明らかなのに、気づけば口が勝手に動いていた。当然ながら、すぐさま握り拳が飛んでくる。板張りの床に転がった友衛を、祐はさらに2度3度と蹴った。
「オレほど冷静なやつはいねえだろうがよ! トモのくせに調子こいてんじゃねえぞ!」
 冷静さのかけらもない口調で祐は怒鳴り散らした。どうやら祐の言う“寒さ”は、やはり物理的にというより精神的なものに起因するところが大きいようだ。苛烈な暴行によって意識が白濁しつつも、友衛は不思議なほど冷静に状況を分析することができた。
 もし北須賀祐が自分の性格を認識しているのだとすれば、このプログラムという無法地帯にあって、最も命の危険を感じているのはこの男かもしれなかった。友人から見捨てられたという事件(真偽のほどは別にして)に追い討ちをかけられ、危機感は決定的なものになっただろう。友衛を逃したがらない理由だって、単にひとりになるのが怖いからではないだろうか。
「おいトモ、起きろ」
 爪先で小突かれたため、友衛は重いまぶたを持ち上げた。痛みやら熱さやら気持ち悪さやらがゲル状に具現化し、体中に厚くまとわりついているような感覚がする。それでもどうにか苦労して、上体を起こした。
「オレが冷静だって証拠に、いまから理論的な話を聞かせてやる」
 祐は友衛の顔を覗き込み、実にいやらしい笑みを浮かべた。
「人間、死を覚悟すると性欲が高まるんだぜ」
 あまりに突飛で、あまりに場違いなその発言に、友衛はひたすら唖然とした。――こいつときたら、よりにもよって何を言い出すのだろう?
「子孫を残せって本能が命令するんだ。本能なんだ、しょうがねえよな。オレは優勝するに決まってるから関係のない話だけどよ、トモはいま、間違いなく女とヤりたいはずだ。だろ?」
 そんなわけはなかったが、打ち消す前に口を塞がれた。
「みなまで言うな。オレはちゃーんとわかってる。お前も種の存続に貢献しようぜ。健闘を祈る」
 祐は下卑に笑うと、どういうわけか、サッカーボールをロングパスするような要領で友衛の尻を蹴り上げた。体重の軽い友衛は宙を舞い、東屋の高床から雑草のまばらに生えた地面へ転げ落ちた。なにがなんだかさっぱりわからない。不条理な暴挙の連続に、友衛は身じろぎする気力さえ削がれていた。
 展望広場は森の一角を切り開いてできた場所だ。海を臨める西側以外を、こんもりとした木々が囲んでいる。友衛は緑ばかりの景色をぼんやりと見つめ――そこにひとつだけ異質なものが紛れ込んでいると気づいたとき、遅ればせながら祐の魂胆を悟った。
 鮮やかな若葉色に光る木のトンネルを、ひとりのクラスメイトが歩いていた。それこそ樹木のように静かな、瑞々しい佇まいを見せる女子生徒――中原皐月(女子8番)だった。
 東屋を顧みると、柵の陰から祐が顎をしゃくっているのが見えた。行ってこい、ということらしい。種の存続がなんたらと勧めてはいたが、その実、手下に獲物を捕まえさせて献上させるつもりなのだろう。祐は死を覚悟していようがいまいが、性欲を常に突出させているような男なのだ。
 腑に落ちなかったが、刺すような視線に急かされてとりあえず立ち上がる。中原皐月はそこではじめてこちらの姿を認めたらしく、軽く一礼を寄越した。そんな優雅な所作も、大仰な矛を手にしていては台無しだ。自分たちが殺し合いゲームに参加しているのだと改めて思い知らされ、友衛は背筋を凍らせた。
「どこかで馬渕くんを見なかった?」
 森を抜け、友衛の元へたどり着いた皐月が開口一番にそう尋ねてきた。彼女のような美人が話しかけてくるなんて滅多にないことなので、普通ならここで舞い上がっているところだ。しかし、いまの彼女は武器を持っている。馬渕謙次(男子17番)を最後に見たのは出発前のことだが、喉が震えて答えることができなかった。
「どこかで馬渕くんを見なかった?」
 皐月は穏やかな笑みを湛え、同じセリフを繰り返した。それでも黙ったままでいると、皐月はずいと友衛との距離を詰めた。
「どこかで馬渕くんを見なかった?」
 三叉の矛にばかり気を取られていたが、その反対の手には小ぶりの斧が握られていた。同時に、ブレザーの右肩部分が細く裂けていること、中からなにやら白いものが覗いていることにも気づいた。カッターシャツより目が粗い。どうやら包帯のようだ。
 彼女は怪我をしている。そして、武器をふたつも持っている。それらを認識したとき、友衛の脳に恐ろしい仮説が湧き出した。
 皐月はすでにクラスの誰かと一戦を交えており、戦利品として矛か手斧を手に入れた――。
 友衛は後ずさりした。皐月は表情を崩さないまま、友衛の退いた分だけ進んだ。馬渕謙次の動向を知るためだけに作られた機械のように、執拗に差し迫る。なにか得体の知れない凄みが中原皐月を取り巻き、友衛を圧倒した。
 高く組まれた東屋の足場に突き当たり、これ以上さがることができなくなった。震えが膝にまで到達し、立っていられなくなる。皐月はその場にへたり込んだ友衛に合わせ、腰をかがめた。鼻先を掠めた長い髪から花のような香りがしたが、それを楽しむ余裕は残されていなかった。
「どこかで馬渕くんを見なかった?」
「見てねえよ」
 不意に濁った声が降ってきたかと思うと、次の瞬間には頭上を黒い影が飛び越えていた。皐月は驚きの色を浮かべ、背後に着地した黒い影、北須賀祐を振り返ろうとした。しかし祐はそれより先に皐月を羽交い絞めした。
「ほんっとに使えねえな、トモは。なんでオレがちまちま働かなきゃなんねえんだよ」
 非常に不本意だが、逆光を背負った祐が救世主に見えた。皐月は腕を動かそうとするが、やはり男の力には敵わない。祐は皐月の耳元へ口を寄せ、嫌みたらしく囁いた。
「馬渕くん馬渕くん馬渕くん。あんなやつのどこがいいのかねえ。知らねえのか? あいつホモだぜ」
 友衛はぎょっとした。確かにそういう噂を聞いたことはあるが、いまの彼女にそれを言うなんて火に油を注ぐようなものだった。馬渕謙次へ対する皐月の想いがほとんど崇拝の域に達していることは祐も知っているはずなのだ。皐月ははたして、普段のおしとやかな挙措からは想像できない憤怒の形相を作った。
「根も葉もないでたらめだわ」
「じゃあ皐月、なんで謙次に女っ気ないのか説明できるか? 毎日毎日誰かしらに言い寄られてんのにだぜ。お前のことも眼中にねえだろ? 叶わぬ恋なんだ。ちゃっちゃと諦めろよ。オレが慰めてやるからよ」
「馬渕くんを、見なかったのよね?」
 皐月は祐の話を無視し、怒りを抑えた声で念押しした。
「何回も言わせんな」
 祐が皐月の顎を持ち上げ、自分のほうに振り向かせる。友衛はそのツーショットを美しいと思いながら、しかし、斧を持っているほうの手がブレザーのポケットに動くのを見逃さなかった。主人の危機を察したからとでもいうのか、友衛は自分で自分の行動を理解できないまま、とっさに皐月の腕にしがみついた。
 その衝撃で、いままさに取り出されようとしていたものが皐月の指から滑り落ちる。とん、と軽い音を立てて地面に突き刺さったそれは、切っ先が鋭く尖る手裏剣だった。皐月が所有している武器はふたつではなかったのだ。
「ふざけんなよ」
 祐は青筋を立て、皐月を突き飛ばして東屋の柵まで追い込むと、その横っ面を張り飛ばした。相手が女子でも躊躇はしない、それが北須賀祐なのだった。
「そのかわいい顔、見るに耐えなくしてやろうか?」
 祐は皐月を柵に押し付け、皐月は祐をきっと見据える。しばらくの間、息が詰まるほどの緊張がふたりを支配した。風は止み、木が葉をこすり合わせる音すら聞こえない。友衛は居たたまれなくなり、心安らぐものがないかと首を回した。
 そのわずかな衣擦れに祐が反応し、皐月から視線をはずしたときだった。皐月は隙に乗じ、祐の急所、股間を思い切り蹴り上げた。
「……っ!」
 声にならない声を上げ、祐がその場にうずくまる。拘束を解かれた皐月は身を翻し、元来た道へ駆け出した。あまりの素早さに状況が把握できないでいた友衛は、おいトモ、と声を絞り出す祐を見、慌てて皐月を追った。
 友衛の足はお世辞にも速いとは言えなかったが、皐月は皐月で大きな矛とデイパックが邪魔をして走りにくいのか、あと少しのところで追いつけそうだった。しかし、皐月は友衛がすぐそこまで近寄ってきていることを目にとめると、再びポケットを探り、黒く小さなものをいくつかばら撒いた。それを踏みつけた直後、足の裏に急激な痛みが走る。友衛は勢いあまってひっくり返り、すぐさま靴底に刺さっているものの正体を確かめた。それは4本の棘が四方八方に突き出している道具、これまた忍者が隠し持っていそうな鉄びしだった。そうこうしている間に、皐月は森の奥へと消えていった。
「さつきいいいぃぃい! 待てやこのクソがあっ!」
 祐の叫びは青空にむなしく吸い込まれるばかりだった。
「くっそ、あの女! 次会ったとき殺すぜマジで! だいたいなんで謙次見てなかったら攻撃なんだよ! 見とけよバカってことか? 理不尽だぜ!」
 祐はさんざん騒ぎ立てた挙句、ふらふらと戻ってきた友衛を予告なしに殴り倒した。お前のやっていることのほうが何倍も理不尽だろうと思いながら、従順に地面へ沈む。目の前に落ちていた手裏剣が、真昼の日光をどぎつく跳ね返した。
 それをぼうっと見ているうちに、動いているのかいないのかわからないほど静かだった胸が、徐々に高鳴っていくのを感じた。
「気に入らねえ。面白くねえ。死ねよバカ」
 ぶつくさ文句をいいながら、祐は東屋の階段を上っていく。友衛はその背中を窺いながら、そっと手裏剣を拾い、スラックスのポケットに忍ばせた。心臓が口から飛び出しそうだったが、祐が気づいた様子はなかった。
 こんなものを手に入れたからといって、自分に大事を果たせるかどうか甚だ疑問だった。だが、武器を持っているという紛れもない事実が、ほんの少しだけ友衛を勇気付けた。枯渇しかけていた気概が胸に舞い戻ってきたような、そんな気分だった。
「……やるんだ。……きっと、必ず」
 友衛は生まれてはじめて、武者震いという感覚を知ったのだった。
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