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 2度目の放送は、D=6、C=1、B=7エリアが次期禁止エリアであることと、津丸和歌子(女子6番)久枝布由(女子12番)福谷佳耶(女子14番)の死を報せていた。少しローペースな試合運びだな、と西村美依(女子9番)は思った。
 ただ死人の数はどうであれ、それは美依にとって具合の悪い問題であることに変わりなかった。また知らないところで選手が減った、しかしまだ自分は殺害現場を見られていない。もどかしかった。
 美衣はじりじりしながら前を行く女の子たちを眺めた。彼女たちが動きはじめてから数時間が経つが、高橋絹代(女子5番)は体力の使いすぎでふらふらとしているし、木下亜央(女子3番)は気力をすっかりと削がれてしまっているしで、人捜しは遅々として進まない。
 特に亜央のほうは、ポケットの中身が紛失したあたりからまったくの上の空だ。絹代よりも断然“殺したいひとり”の捜索に積極的だったようだが、なくしたものはよほど大切なものだったのだろうか。
 ただ、美依もその不可思議な現象は気になるところだった。亜央の“ヨシコの服”と絹代のハンドタオル、美依のエプロンとペンケースはいったいどこへ消えてしまったのだろう。神隠しにあったわけでもあるまいし――まさか、誰かに盗まれたのだろうか。ここにいる3人以外に人間の気配など感じなかったが、美依よりもずっと尾行の能力に長けた人物がスリを働いたとでもいうのか?
 仮に――これはもう美依の中では決定事項だが――3人ともが落し物をしたのでなく、またなにかの超常現象が起こったのでもないとしよう。美依が絹代たちから目を離したのは、柴犬に食べ物をねだられたときだけだ。絹代がその直前までハンドタオルで汗を拭いていたことを考えると、彼女たちが盗難にあったのは美依が政府支給のパンを手放したときしか考えられない。となると犯人は、美依が2人から注意をそらすのを見計らってその隙を突いた、ということになる。つまりは、絹代と亜央を偵察していた美依が何者かに偵察されていたという、少しばかり面倒な図が成り立っていたのだ。
 美依はちらりと背後を見た。やはり誰もいないように思えるが、現に物がなくなっているのだから楽観はできない。犯人の目的は何だろうか? 持ち物を盗むこと? それとも、他に何か理由が? 人数はひとり? 複数? 男子? 女子?
 考え始めたが最後、疑問はふつふつと湧き上がって止まらなかった。
 だがそこまで考えていても、尾行をやめる気は起きない。せっかく見つけた素晴らしいターゲットたちだ、ここで諦めることはゲームに敗退するのと同じくらい痛切なことである。せいぜい後ろに気を配るしかない。
 その目標たちは、点在する民家を何軒か調べたあと、ついに歩を止めてしまった。
「亜央ちゃんどうしたの?」
 先に立ち止まったのは亜央だった。絹代は気づかないまま“売地”の看板が立てられた空き地を横切り、慌てて相棒の元へ引き返した。
「元気が出ないの……」
 亜央は肩を落とし、ほとんど泣き声で答えた。
「こんなときは休むに限るよ。ね、あそこ行こ?」
 絹代は我が意を得たと言わんばかりに笑むと、亜央の手を引いて来た道を戻りはじめた。美依は路上駐車してあったワンボックスカーの陰に隠れ、彼女たちが最後に捜索した一軒家へ向かうのを見届けた。家を囲むブロック塀が遮り、再び2人の姿は見えなくなった。
「はあ。疲れた。考えてみれば、6時間くらい歩きっぱだったんだよねえ」
 庭に腰を落ち着けることにしたらしく、やはり彼女たちの声はよく聞こえた。
「朝だねえ。もうすぐ朝ごはんの時間だよねえ」
 絹代が喋り掛けるが、亜央は反応しない。絹代は居心地悪そうに続けた。
「パン食べよっか? 食べ物はどこかでまた探せばいいよ。私もうおなかすいて死にそう」
「うるさい」
 突然、亜央がそう言い放った。
 絹代は面食らったように黙り込み、美依も耳を疑った。いつものふにゃふにゃした言動からは想像もつかない、鋭い響きだった。
 たっぷり10秒は経過したあと、絹代がおずおずと沈黙を破った。
「……私、そんなにうるさかった?」
「うるさい。静かにして。うるさいの」
「ご、ごめん」
 慌てて口を抑える絹代の姿がはっきりと想像できる。さすがの亜央も、絹代の無遠慮な大声に嫌気がさしたのだろうか。
「さっきから、イライラするの。頭が痛いの。りんりん、りんりん」
「えっ?」
 ――りんりん?
「とめて。電話の音」
 亜央は唸った。
 どうやら亜央は絹代に腹を立てたわけではないらしい(辛抱強いなー、あたしなら一発ぶん殴ってるところだよ)。仲間割れされやしないかと内心ひやひやしていたので、ひとまず安心した。
「電話?」矛先が自分に向いていないことを知るや、絹代は声音を明るくした。「聞き間違いじゃない?」
「じりりんって、聞こえたよ」
「ん?」
 どこかで聞いたような会話だなと思い、すぐにひらめく。亜央が電話の話をするのはこれがはじめてではない。美依が東の商店街で亜央と絹代を発見したとき、彼女たちはまったく同じやりとりを交わしていたのだ。
 それには絹代も気付いたらしい。
「ねえ、前にも聞こえたって言ってなかった? ほんとに電話の音?」
「ほんとだよ」
 亜央はきっぱりと断言したが、それはいささか妙な話だった。ベルの音など美依には聞こえていなかったし、そもそもプログラム中に電話が使用できてはならないはずなのだ。生徒が外部の人間と接触することは、すなわちゲームの失敗を意味しかねない。
 もし自由に連絡がとれる人物がいるとすれば、それは戦闘実験を管理している月家具らだけだろう。亜央は小学校から電話の音を聞きつけたのだろうか。少なくとも200メートルは離れていて、しかも屋内であるあの場所から?
「亜央ちゃん」絹代は深刻そうに尋ねた。「それってすごい重大なことかもしれないよね。誰がかけてきたのか知らないけど、ここの電話と外の電話がつながってるってことでしょ? ねえ、どこから聞こえてきたの?」
「よくわかんない……」亜央はすまなそうに答えた。「もう、とまったから」
「ええっ、そうなの?」
 落胆の息を漏らした絹代だったが、しばらくうんうん呻いたのち、妙案に辿り着いた。
「あ、そうだ。この家の電話もつながるかもしれない。ねえ、試してみよ?」
「……うん」
「私たち助かるんだ。お母さんとお父さんと喋れるんだよ、亜央ちゃん」
「うん」
 彼女たちの声がにわかに弾みはじめた。
 話はとんとんと、美依にとって面倒な方向へ進んでいた。かの抜け目のない政府様のこと、通信回線が手付かずのままだなんて思わないが、「電話の音が聞こえた」と証言している人物がいることもまた事実だ。万が一ゲームがぶち壊しになんてことになれば、幼いころから参加を夢見ていた美依はたまったものじゃない。
 門扉の向こうに、うきうきと庭を渡る女の子たちの姿が見える。木造平屋の前に立ち、絹代がさて引き戸を開けようとしたところ、亜央がすっと人差し指を掲げた。
「煙……」
「えっ? あ、ほんとだ」
 彼女たちに倣い、美依も北東のほうを見た。朝もやに紛れてわかりづらいが、山のずっと向こう、白み始めた空に灰色の煙が立ち昇っている。
「火事かなあ」
 絹代がのんびりとつぶやき、亜央がふうんとうなずく。それよりも電話のことが気がかりなのか、たいした反応も見せないまま家の中へ入っていった。
 玄関が閉じたと同時に、美依は煙のほうに向き直った。量からすると、焚き火やぼやどころの騒ぎではなさそうだ。民家一軒がまるごと燃えているのかもしれない。
 プログラムの試合会場で火災が起きたとなると、クラスメイトが巻き込まれていてもおかしくない。火災現場に行けば面白いものが見られそうだが――しかし、ターゲットから目を離すわけにもいかなかった。焼け跡は動かないが、彼女たちの行動は予想できないのだ。
 彼女たちを見つけてから感じた幾度めかのジレンマを、美依は振り払った。そしてまた、じれったい思いを堪えながら、事態が動き出すのをひたすら待つのだった。

【残り25人】