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21
 “声”に導かれ、湯浅荘吾(男子18番)はキャンプ場を訪れた。地図でいうところのB=9あたりだ。
 しばらく前から鼻をくすぐっていた、グレープ味のガムに似た香りが、よりいっそう体に絡みつく。あたりを見回し、その正体に気づいた。
「藤、か」
 キャンプ場の入り口近くに藤棚が設けられており、棚からは紫色の花があふれんばかりに垂れ下がっていた。遠くから眺めたことはあったが、こういう匂いを放つとは知らなかった。
 棚の下に入り、藤の天井を仰いだ。丸っこい花がいくつも群がる房、加えてこの甘い香り。まるでぶどうと見紛う花を目の前にして、とうとう腹の虫が鳴き出した。
『目的地周辺です。音声案内を終了します』
 耳元で“声”が冷たく言い放つ。荘吾は口をあんぐりと開けた。
「おいおい、お前、目的地がこのブドウモドキちゃんだって言うんじゃないだろうな? 俺の腹をすかせるための嫌がらせか?」
 抗議したところで、答えは返ってこなかった。
 荘吾は肩を落とすと、イヤホンを左耳から外した。ポケットから板ガムを取り出し、口に放り込む。これは小学校の近くにあった商店から調達してきたもののうちのひとつだ。グレープではなくミント味だというのが残念だが、多少の腹の足しにはなるだろう。
 ガムの風船を膨らましながら、あたりを見渡した。
 芝生の敷き詰められた、ドッジボールくらいなら辛うじてできるだろうという面積をもつ広場の向こうには、たくさんの木々が連なっていた。高床式のバンガローが2、3棟、林に潜んでいるのが確認できる。見えない範囲にはさらに数棟、あるいは十数棟、建っているのだろう。
 荘吾はもともと細い目をさらに細め、両手に収まっている携帯テレビ様の機械を見た。真っ白な画面の中央には黄色い矢印と赤い丸印、そして市松模様の旗印が、ほとんど重なるようにして表示されている。
 目標はたしかにこの近くにある。記号の位置関係からすると、広場かバンガローのあたりということになるはずだ。この、政府から支給されたポータブルナビゲーションに狂いがなければ。
「はぁあ、こうなりゃ、地道に探すっきゃないか」
 左手で髪をくしゃくしゃに掻き毟ると、リストバンドに敷き詰められた四角い鋲が耳にごつごつ当たった。このリストバンド、それにブレザーの下に着ているアロハシャツは、荘吾の自作だ。昔から物をつくることが大の得意だった荘吾にとって、創作活動は毎日の欠かせない習慣だった。しかしプログラムの最中には趣味の時間を取れそうにない。それが原因で理性を失いはしないか、荘吾は少し心配になった。
 電池の節約のため、ナビの電源を切る。芝生に“目標”の痕跡がないか目の端で確認しながら、荘吾はバンガローを目指した。
 実のところ、荘吾はまだこの武器の使い道を決めかねていた。どう活かすのが正しいのか、間違いなのか、なかなか答えは見つからない。そういうわけで、ためしに触ってみてから、結果の如何で身の振り方を考えることにした。幸いよくきく手先と要領のよさを持ち合わせている荘吾は、機械を扱うことに何の苦もない。そうしてナビの示した丸印をたどれば、そこにいるであろうクラスメイトが良案を提供してくれるかもしれなかった。
 問題は相手が自分を信じてくれるかどうかだ。工作や裁縫の時間を削られたくないがために、荘吾はこれまで特定の友人を作らずにいた。人恋しくなったときは、近くにいるグループの仲間に加わることにしている。おおよそのクラスメイトは快く受け入れてくれたが、時には「八方美人だ」と眉をひそめられることもあった。まして、今はこんな状況だ。この人懐こさが相手の警戒を解く材料になるか、逆に軽薄で信用ならないととられるか、荘吾にはまだわからなかった。
 近寄ってみると、バンガローは思いのほか真新しかった。キャラメル色の板で組まれた六角形に、若草色の三角屋根がかぶせてある。クラスの女子が見たら「かわいい!」と黄色い声でも上げそうなメルヘンチックさだ。
 バンガローの入り口は林道に面しているらしかった。面倒だが、一棟ずつ中を確認していくことにする。荘吾はガムを吐き捨てると、一段と暗い林の中へ踏み入れた。
 しかしすぐに、その左足を引っ込めることになる。
 足元の地面がぐにゃりと沈んだかと思うと、なにやら破裂音が大音量で響いたのだ。とっさにうしろに飛びのく。枯葉とも土とも砂利とも違う奇妙にやわらかな感触が、土踏まずに残った。どうやら地面の上になにかが乗っかっていたらしい。
 頭に浮かんだのは、枯葉の布団で眠っている猫やネズミなどの小動物だ。その上に荘吾の全体重がかかればどうなるか――。左右田篤彦(男子9番)財官正(男子8番)ほど動物好きではないが、想像しただけで気分がどん底に落ち込みそうだった。
 しかし、荘吾はふとあることを思い出すと、アロハシャツの胸ポケットに手を突っ込んだ。ちょうどそのときだった。
「待って待って待って!」
 バンガローの中から誰かがわめいた。何事かと声のした方を見ると、扉が勢いよく開け放たれ、そこから黒い影が飛び出した。
「待って! わたし、やる気じゃないから!」
 影はそう言いながら、高床を軽々と飛び越えて荘吾の目の前に着地した。同時に例の得体の知れない音が再び鳴り渡った。
「うわ、踏んだ!」
 慌てふためく影を、荘吾は唖然と眺めていた。目は林の闇に未だ慣れていなかったが、それが誰であるかすぐにわかった。
「あーもーどうしよう、待って、逃げないで」
 このアクロバティックな挙動といささか乱暴な発声法は、長谷ナツキ(女子11番)に違いなかった。バスケ部でエースを張っているスポーツ少女だ(残念ながら、三津屋中バスケ部は男女共に弱小だが)。
 しめた、と思った。ナツキは熱くて純朴で、疑うことを知らない。加えて、女子の中で群を抜く親しみやすさも持ち合わせている。今のこの状況で荘吾が出会うには絶好の相手と言えるだろう。
「まあ落ち着けよ、ナッちゃん。このとおり、湯浅くんは待ってる。逃げない」
 荘吾が穏やかに話し掛けると、ナツキだと思われる人物は声を弾ませた。
「湯浅? 湯浅だ、その声。湯浅だよね」
「だから、湯浅くんって名乗っただろ」
「湯浅だ」
 ようやく目が慣れてたのか、おぼろげながら相手の顔が確認できるようになった。予想通り、長谷ナツキの寝ぼけまなこがふたつ、こちらを凝視していた。その目には光るものが浮かんでいる。
「おいおい、どうしたよ。泣いてんのか?」
 荘吾は腰をかがめ、目線の高さをナツキに合わせた。
「わたし……」ナツキはうつむき、右腕を目に押し付けた。「あの学校から出たら、どこにも美依がいなくて、すごいがっくりきて……」
 ナツキと親しい西村美依(女子9番)の名前が飛び出す。美依はナツキよりほんの少しだけ早く出発しているはずだが、友達を待っていてはくれなかったようだ。少し意外だった。
「美依のことに気ぃ取られてて、あとに遼子と仁がいるってこと忘れてた。ばかでしょ」
 荘吾はただ黙って話を聞いていた。ナツキの声には、しだいに嗚咽が交じっていった。
「美依、どうしてんのかな。怖がって震えてるかもしれない。遼子は神経質だから、頭がおかしくなっちゃってるかもしれない。仁は胃の痛いのがひどくなってるかも。いや、それともみんな、もしかしたらもう……」
 最悪の結果が思い浮かんだのだろう、ナツキはしゃべるのをやめ、脳震盪を起こしそうなほど激しく頭を振った。顔を上げた。
「……もう、みんなと会えないかと思ってた」
「そうだな、俺も思ってたよ」荘吾は言葉の端々に感慨をこめた。「でも会えた、ナッちゃんと。ほんとによかった」
「うん。よかった。よかった」
 ナツキはしゃくりあげながら、何度も何度もうなずいた。警戒している様子はなく、クラスメイトとの再会を心から喜んでいるらしい。実に素直な反応だった。
「なあ、ナッちゃんの武器が何か、当ててやろうか」
「え、わかるの?」
 安心して気が抜けたのか、ナツキはバンガローの階段に座りながら言った。まだ涙声だったが、気分の昂ぶりはおおかた引いたようだ。荘吾は続けた。
「昔懐かし、ブーブークッション。どうだ、大正解だろ」
 ナツキは呆けたように口を開けると、突然ひらめいたように荘吾を指差した。
「そうだ、湯浅、踏んだんだったよね。悪い、驚かしたでしょ」
「ああ、心臓が止まるかと思った」
 荘吾はその場にしゃがむと、たっぷりと重なった枯葉の層を掃った。その下に隠されていたのは、厚みのある丸いものだった。なにやら一部分から細長い排気口がにょっきり生えている。
 予想通りブーブークッションのようだった。本来は尻の下に敷き、ブーと鳴らして楽しむおもちゃだ。先ほど聞いた音は“ブー”というより“パン”に近かったが、上半身だけではなく全体重が掛かれば音の出方も違ってくるのだろう。
「目覚ましにでもしてたのか?」
「うん、そう」ナツキは恥ずかしそうにうなじを掻いた。「暗いとどうしても眠くなるから、寝ることにしたんだ、ここで。でも寝てるうちに誰かが近くに来るかもしれないから、通り道にそれ置いて、そしたら引き止められるかなって」
 ずいぶんと大胆な方法だが、脳みそが筋肉でできているという噂の長谷ナツキにしてはよく考えたものだ。確実に“はずれ”に分類されるであろうこの武器を活用するとは、たいしたアイディアマンだった(それにしても、政府はなにを思ってこんなものを支給したのだろう。敵を笑い死にさせろってか?)。
「実は、ナッちゃんに会えたのも偶然じゃないんだ」
「え、どういうことよ」
「これ、俺の武器」
 手に持ったままでいたナビゲーションの電源を入れ、ナツキに示した。ナツキは目をわずかに見開いた。
「カーナビ?」
「あたり。通販番組でよく紹介してるやつだ。土曜の朝とかにな。知ってる?」
 ナツキは合点がいったふうにうなずき、次の言葉をうながした。
「通販見てればわかるだろうけどさ、もともとはこれ、すげえいっぱい機能が備わってるだろ? けど俺のナビちゃんは、まあ音声案内はしてくれるけど、建物とか道路とか、地図はいっさい表示してくれない。縮尺も25メートルに固定されてて、ズームインもアウトもできない」
「なにそれ、ぜんぜんだめじゃん」
 ナツキは口を尖らせた。
 荘吾自身、このナビゲーションの機能が最低限に削ぎ落とされているとわかったとき、落胆を禁じ得なかった。サンユー社製のポータブルナビゲーション“ゲリラ”を自分の手で操作することは、前々からの夢だったのだ。男の浪漫と言い換えてもいい。
「でもその代わり」荘吾は気を取り直し、一番伝えるべき機能を挙げた。「武器が探せる」
「武器?」
 ナツキは荘吾の言葉をおうむ返しした。
「ああ。政府さんが配ってくれた武器には、それぞれ発信機が埋め込まれてるらしい。もちろんナッちゃんのにもな。それをこのナビちゃんが探知してくれるんだ。便利だろ。ただし、誰の武器か、どんな武器かまでは教えてくれないけどな」
 薄っぺらな付属の説明書によると、画面中央に表示されている矢印はナビ自身を、赤い丸は3年3組の生徒たちに支給された武器を表しているらしかった。説明書を一通り読んだ後に機械を起動すると、画面上には早速ひとつの丸印が見受けられた。それをせめてもの慰みにと目的地に設定し、ナビに音声で案内させた。そうして今に至る。
「で、これがおまけについてた武器のリスト」
 荘吾はピンク色のアロハシャツから折りたたまれた紙を取り出した。それを片手で器用に開き、ナツキの眼前に突き出す。
「コンバットナイフ……やまがたな? やなぎ……やいば包丁」
 ナツキは紙に書いてある武器の名前を上から順に読み上げたが、漢字につまずいたためか、3番目以降は続けなかった。荘吾が笑ってやると、ナツキも照れながら、包丁の種類なんて知らなくても生活できるもんねと言い訳をした。
 このリストにも、どれが誰に渡ったかは書いていなかった。備考も見当たらず、中にはどういう道具なのかよくわからないものもあった。ただよく見ると、銃の名前が一切記されていないことがわかる(エアガンがひとつ混じってはいるが)。ここにある情報の真偽はこれまで判断がつかなかったが、ナツキの武器の存在がリストは誠であると証明していた。
「これ見てなかったら、俺が踏んだものがブーブークッションだって想像もつかなかったな」荘吾は八重歯を見せた。「まあ、というわけで、ナッちゃんの居場所、ってか武器の居場所は、俺には丸わかりだったわけだ」
 ナツキがたいそう感心したように息を漏らす。今泣いたカラスがもう笑うとはこういうことなのだろう、涙をたたえたときとは違う輝きが目に宿っていた。
「それじゃ、それ使ったら、みんなを集められるよね」
 その提案は荘吾の興味をひいた。
「みんなって?」
「クラス全員」
 荘吾が細い目をできうるかぎり丸めると、ナツキの口調に熱がこもった。
「みんなが離れ離れになってるのは変なんだよ。今までだってずっと一緒にいて、うまくいってたじゃん。ばらばらになってたら、みんな怖くて変な気起こすに決まってる。固まってなきゃいけなかったんだ。3組が集まって団結すれば、政府のやつらだって絶対に蹴散らかせるよ」
 その熱弁を聞いて、荘吾は改めて認識した。
 長谷ナツキとはそういう女の子だった。無条件で他人を信じ、自らの持つ可能性を信じる。胸に収まりきらない情熱を、キャンプファイアのごとく燃え盛らせている。
 そんなナツキの一直線な思いが、荘吾に天啓のように響いた。一瞬にして思考が構築される。この熱血少女はまさしく、今のこの状況で出会うには絶好の相手だったのだ。荘吾はついに、自分に支給された武器の使い道を見出した。
「ナッちゃん」荘吾は心の底からたたえた。「それ、めっちゃいい案だよ」
「じゃあ、みんなが集まれる?」
 ナツキはきらきらした声で確認した。荘吾は大きくうなずいた。
「もちろん。それに、ナッちゃんがいれば百人力だ。みんないらついてるだろうけど、ナッちゃんの燃える魂を前にすれば、緊張なんか一発でほぐれる。俺がそうだったみたいにな」
「燃える魂?」ナツキは照れたように笑った。「くさいな」
「ああ、メラメラ燃えてるよ」荘吾は満足して言った。「集合場所はここでいいよな?」
「うん!」
 気持ちのいい答えが返ってきた。その素直さに勇気付けられて、荘吾は頼みごとを切り出した。
「それじゃ、俺がみんなを集めてくるから、ナッちゃんはここで待っててくれる?」
 すると、ナツキは心外といったふうに立ち上がった。
「えっ、なんで? 私も行くよ」
 当然の反応だ。荘吾も同様に腰を上げながら、困ったふうにうなった。
「……でも、眠いだろ?」
 あえてはっきりと訊いた。
 図星なのか、ナツキは反論したそうに開いた口をすぐにつぐんだ。荘吾を繋ぎとめるために頑張って起きてはいたが、睡魔は未だ執念深く取り付いているといったところなのだろう。普段でもとろんとしているまぶたが一段と重たそうだ。
「眠いままうろうろするのは危ない。いくらこのナビちゃんを持ってるからって言ってもな。みんな気が立ってる、油断はできない」
「……うん」
 ナツキは悔しそうに相槌を打った。
「でも」荘吾は静かに、ゆっくりと話し掛けた。「太陽が昇って、それでも俺が仲間を集められなかったら、そのときは一緒に捜してくれる?」
 ナツキはまだ不服そうな表情を浮かべていたが、やがて、「わかった」とうなずいた。
「それまで、しっかり寝不足解消しとく」
「ありがとう」
 素直に礼を返すと、ナツキは固くにぎった拳を荘吾の胸に軽く叩き込んだ。
「ぜったい帰ってきてよ」
「もちろんだ」
 荘吾はよどみなく言った。
 事態は一刻を争う。こうしている間にも、クラスメイトは1人、また1人と減っているかもしれない。荘吾はさっそく出かけようと、もと来た道を振り返りかけた。その途中、行儀よく連なった紅葉の木を見てふと思いついた。
「そうだ」荘吾は指を鳴らした。「鳴子、仕掛けとくよ。ブーブークッションってのはちょっと音がでっかすぎるからな」
 不思議そうに口を開けているナツキを横目に、背中のデイパックを探った。商店でくすねてきた道具を数点選び出し、ナツキの横に並べる。釣り糸と、竹でできた箸を数膳、かまぼこの板(本体は残念ながら腐っていたので、商店のゴミ箱に捨てさせてもらった)に、空き缶。これだけあれば充分だろう。
「新しい目覚ましを作るよ。そこらの木に糸を張り巡らして、誰かが糸を引っ掛けたら音が鳴る、っていう仕掛けをな。それを作り終わったら、すぐにみんなを捜しに行こうと思う」
 空き缶を触っていたナツキが心細そうに顔を上げるのを、荘吾は見咎めた。中腰になり、相手の目を見た。
「俺は鳴子の作り方を2種類知ってるんだ。1つはあっという間にできて、もう片方は少しばかり時間がかかる。どっちがいい?」
「時間がかかる方」
 ナツキは即答した。――つくづく予想を裏切らない子だ。
「俺もそっちがいいって思ってたところだ。もうちょっとナッちゃんと一緒にいたいからな」
 荘吾が破顔すると、つられてナツキも口の両端を持ち上げた。その笑顔があまりに寂しそうだったので、慰めにナツキの頭を撫でた。つややかな髪を触っているうちに、こちらまで名残惜しくなってきた。
 それからしばらく、つかの間の再会を慈しむように、ナツキは睡魔と闘い続けた。

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