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16
 西村美依(女子9番)は、全身の神経を尖らせながら住宅地を歩いていた。
 人の集まりそうな場所を移動するのは、想像以上にストレスの溜まる行為だった。山の上から中原皐月(女子8番)を目撃してすでに30分が経っている。誰かに捕まるのではないかという不安感が、歩調を緩やかにしてしまったのだ。
 高い位置から感じたよりも住宅地は入り組んでいた。山道と繋がっている表通りは曲がりくねり、ごく短い間隔でわき道が現れる。ここから中原皐月1人を見つけ出すのは骨が折れそうだ。建物の中に入られでもしたら、それこそ捜しようがない。
 そうやって、諦めかけていたときだった。
 郵便局と酒屋に挟まれたアスファルトの上に、血痕を見つけた。量的にはごくわずかなもので、よく注意していなければ気付かなかったかもしれない。腰を屈めて確かめると、まだ乾いていないことがわかった。血痕は進行方向、港の方角に点々と続いている。
 頭から一切の心配事が吹き飛んだ。美依は低い姿勢のまま、推理小説に出てくる探偵のようにその痕跡を辿りはじめた。
 磯の香りに混じって、錆の匂いがする。歩を進めるにつれ、それがだんだんと濃厚になってくる。鼓動がだんだんと激しさを増していく。歩く速度が上がる。
 ほとんど走るようにして次の角に到達し、美依は急に立ち止まった。血痕の列が左に折れている。美依は足元に貼りついていた視線を上げた。
 角を曲がって5メートルほど行った先に、2人の人間がいた。足の裏をこちらに向ける形で、綺麗に並んで横たわっている。服装から見て、右は男子、左は女子のようだ。黒っぽい液体が道いっぱいに広がり、2人の全身を浸している。
 ――死体?
 そう考えた途端、全身の血液が沸騰した。
 死体を近くで観察できる。古屋祥子のように双眼鏡越しではなくて、秋原先生のように一瞬でもない。実在する死体だ。それを、じっくりと観察できるのだ。
「あっ!」
 足を一歩踏み出すのと同時に、素っ頓狂な声が耳をついた。美依は慌ててきびすを返し、角の陰に潜んだ。
 死体(と思われる2人)の向こうからふくよかな体つきの女子生徒が現れた。あの体型からして、目当ての中原皐月ではなく、どうやら学級委員の高橋絹代(女子5番)らしい。
 絹代はよほど狼狽したのか、手から全長1メートルほどもある両刃の剣を取り落とした。それを拾うこともなく、ばたばたと足音を立て、ぱしゃぱしゃと血だまりを撥ねさせながら、倒れている2人に駆け寄る。先を越されたことを悔しく思いながら、その様子を窺った。
 絹代が膝をつき、女子生徒の耳元でなにやら言葉をかける。しかしまったく反応は見られない。男子生徒の方にも同じことを繰り返したが、やはり結果は同じだった。
 やがて絹代は脱力したようにその場に座り込み、じりじりと後ずさりをはじめた。塀が背中のデイパックに触れてこれ以上さがれないことがわかると、丸っこい両手で顔面を覆った。泣いているのか、それとも恐ろしい光景を遮断したいのか、美依には判断がつかなかった。
 そのとき、絹代が来たのと同じ方向から地面を踏みしめる音がして、絹代が驚いたように振り返る。美依もよくよく目を凝らし、闇の中にシルエットを見出した。
 ふたつに結った髪がぴょこぴょこと揺れる。木下亜央(女子3番)は手に持っている短い刀――脇差で、倒れている男女を指し示した。
「死んでるの……?」
「あっ、亜央ちゃん。どこ行ってたの?」
 絹代は質問に答えないまま、亜央に尋ねた。両者ともに警戒している様子はない。どうやらこの2人は一緒に行動していたらしい。
「電話の音が聞こえたの。でも、この近くじゃなかったみたい……」
「電話? 聞き間違いじゃない?」
 絹代がいぶかしそうに言うと、亜央はうさぎのような形をした頭を小さく振った。
「じりりんって、聞こえたよ」
「うーん、そっかあ」絹代は困ったようにうなり、はやばやと話題を変えた。「とにかく、もう黙ってどっか行かないでよ」
 亜央は素直にうなずいた。
 美依の記憶によれば、2人は親しい間柄ではなかったはずだ。だがなかなか納得のいく組み合わせだった。
 高橋絹代は、体型や言動のことでからかわれるなど、周りから少しばかり軽く見られているところがあった。学級委員という役職に就いているのも、堀江鈴奈(女子16番)から面白半分に推薦されたのを断りきれなかっただけで、頼りにされているわけではない。
 一方の木下亜央は、ひとりごとを言ってはひとりで笑ったり、休憩中にふらふらとどこかへ行ってそのまま授業を欠席したりと、どこか得体の知れない女の子だった。今回もその放浪癖が出たらしい。
 クラスで浮いている者同士、気を許しあえるのかもしれない。そして、おそらく自分とも――。
 そこまで考えたところで、美依は思考を中断した。彼女たちは美依が最も親近感を抱きやすいタイプだったが、その事実を認めれば完全に世間から取り残されてしまうような気がするからだ。
 ががっ、と雑音が島中に響き渡り、美依、そして絹代たちは中空に視線を投げた。
『さあみなさん、日が変わって4月29日、午前0時になりました』
 どこに拡声器があるのかわからなかったが、機械を介した月家具の声が耳を明瞭に刺激した。
「とりあえず、放送聞こ?」
 絹代が座るように促すと、亜央は少しだけ前進し、血の海の水際に腰を下ろした。そこで絹代は尻に敷いている液体の存在を思い出したらしく、気味悪そうに唸り声をあげ、のろのろと亜央の隣に移動した。
『さあ、これまでに死んだ人の名前を発表することにしましょう』
 美依はデイパックに入っていたクラス名簿と地図を手にし、情報を整理するための準備を整えた。
『まず、男子から出席番号順に読み上げます。……6番、久保寿英くん。9番、左右田篤彦くん。次に女子です。2番、伊藤ほのかさん。4番、空本比菜子さん。15番、古屋祥子さん。以上5名です』
「うそ、祥子が?」
 絹代は調子はずれな声を上げた。死亡者リストの中に彼女と仲良しだった古屋祥子がいたのだ。そんな事情を察しているのかいないのか、亜央が絹代に慰めの言葉をかけることはなかった。
『それでは、次に禁止エリアを発表いたします。一度しか言いませんのでよくよく聞いておくように。荷物の中に地図が入っているはずですので、それに書き留めるのもいいでしょう。用意はよろしいですか?』
 絹代はショックを隠しきれない様子だったが、亜央がデイパックから地図を取り出すのを見て、それに倣った。
『これから1時間後、午前1時に、A=10が入場禁止になります。1時以降にA=10エリアに入ると首の機械が爆発しますので、充分に気をつけてください』
 亜央はゆっくりと顔を上げ、そばに転がっている魂の抜け殻を見つめた。
「殺したの……?」
 絹代はその唐突な問いかけにぎょっとし、亜央に釘付けになった。
『次に、午前3時から、F=5。午前5時から、C=4』
 絹代の手は完全に止まっていたが、亜央は再び地図に視線を落としてメモをとった。
『さあ、以上で連絡はおしまい。今日という日を演じ切り、とことんまで舞台に立ち続けてください。それでは、また6時間後にお会いしましょう』
 放送が途切れ、あたりを再び静寂が覆った。
「殺したの……?」
 今度は絹代を直視して、亜央は尋ねた。
「ちっ、ちがう」絹代は首と両手を小刻みに振った。「だって私、亜央ちゃんとさっきまでいたじゃん。それを言うなら、先にどっか行った亜央ちゃんの方が全然あやしいって」
 言葉には憤慨の色が滲んでいたが、言い終わったあと、慌てて取り繕う。
「じゃなくて、まあとにかく、私じゃない」
「心中……?」
 亜央は絹代の失言を気にする様子もなく、次の疑問を口にした。絹代はしばらくぽかんとしていたが、やがて恐る恐るふたつの死体を見比べた。
「違うんじゃない? 武器ないし」
 もっと具体的に考察してよ、と美依は心の中で不平を言った。美依はまだ、2体の亡骸が誰のものなのかわかっていないのだ。学校の近くにいた古屋祥子は除くとして、他に定時放送で名前を挙げられたのは、男子2人、女子2人。そのうちの久保寿英は足がかなり大きかったと記憶しているが――待って。男子、2人?
 美依ははっとしてクラス名簿を確認した。死亡者の名前には取り消し線が引かれている。放送を聞きながらほとんど無意識にペンを走らせていたのだが、記入漏れや書き間違いはないはずだ。しかし何度見ても、“あの男”の名前の上はまっさらだった。美依はようやく、竹岡鳴(男子10番)が生きていることに気付いたのだった。
 面倒なことになった、と思った。美依が鳴から逃れたあのあと、体育館では何も起こらなかったのだろうか。いくら鳴が鈍感だとはいえ、こちらの悪意は知られてしまったはずだ。次に遭遇することがあれば牙を剥いてくるかもしれない――。
「誰が殺したの……?」
「わかんないけど、でも、私じゃない。亜央ちゃんでもない。私たちが殺したいのは1人だもんね?」
 物思いにふけっているうちに、その言葉を危うく聞き逃してしまうところだった。
“わたしたちがころしたいのはひとりだもんね”
 どこか違う国の言葉を聞いているような気分だ。そばにいる死人を極力見ないようにしている女の子から、そんな物騒な言い草が飛び出すとは思いもしなかった。非力な彼女たちに殺意を抱かせるほどの者とは、いったい誰なのだろうか。
 最も憎悪の対象になりやすい人物といえば、おそらくはプログラムの担当官だろう。しかし先ほどの放送で月家具の声が流れたとき、彼女たちが嫌悪感を示した様子はなかった。となると、絹代の言う“1人”とはクラスメイトの誰かなのか。
 殺人計画、という単語がふと頭に浮かんだ。はみだし者同士が共通の仇を得て結託する。怨みつらみを語り合ううちに、計画が現実味を帯びてゆく――。
 突然、亜央が何かを感じ取ったように視線を上げた。
「どうしたの?」
 絹代が不審そうに訊くと、亜央は夜空を見上げたままつぶやいた。
「誰かが叫んでる」
「えっ、どこで?」
「聞こえなかった? あっちの方……」
 亜央は背後を振り向き、北東の方角を指差した。絹代は聞こえなかったと言いたげに首をかしげる。美依の耳にも悲鳴は届いていなかった。
「とりあえず、戻ろ?」
 絹代は亜央の不可解な発言に慣れてしまったのか、話を掘り下げることなく立ち上がった。亜央も拘泥する様子はなく、絹代が置き忘れている剣を拾い上げ、あとに続いた。2人は美依のいる本道へ歩きはじめた。
 美依は来た道をいそいで戻り、すぐそばにあった電柱の陰に隠れた。途中、亜央がこちらを一瞥したので肝を冷やしたが、彼女は黙ったままこちらに背を見せ、絹代と並んで港の方へ向かっていった。
 美依は、彼女たちにすっかり興味をそそられていた。死体は逃げない。また来ればいい。幸い、付近一帯は禁止エリアに指定されていない。
 絹代が無遠慮に足音を立てているため、こちらがよっぽど大きな物音を発しないかぎりは気付かれないだろう。美依は少しだけ緊張を緩めて、女の子たちの跡を追った。

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