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13
 この島は面積の約7割を山地が占めているらしかった。とはいえ、体力を消耗しやすく移動しにくい山地は避けるべきだ、と美依は思った。おそらく他のクラスメイトたちも心情は同じだろう。
 しかし、美依はあえて学校の北側に位置する山を目指した。単純に、高いところから見渡した方が人を捜しやすいと踏んだからだった。
 殺し合いを傍観するためには、まず人を見つけなければならない。相手に気付かれないまま観察できれば理想的だ。しかし美依は、今までにそのようなストーカーまがいのことはしたことがなかったので、誰かに見つかったときのことを考え、常に退路のことを念頭に置くことにした。どこから人間が飛び出してきてもすぐ逃げられるように、心と身体の準備を整えておく。
 美依は竹岡鳴から逃れたあと、よく注意しなければ見落としてしまいそうな、木々に覆い隠されている階段を上がった。5、60段を上りきると切り開かれた小さな土地があり、そこには木や背の高い草に囲まれた一軒の小屋が建っていた。しばらく聞き耳をたて、中に誰もいないことを確認すると、美依はそこで休憩をとることにした。
 小屋は今にも崩れてしまいそうに古く、粗末なつくりだったが、中にはいろいろと面白い道具が揃っていた。トランプや漫画雑誌、ダンボールに入ったおもちゃ。どうやら隠れ家として使われていたらしく、そこここに子供の気配が漂っていた。
 役に立ちそうなものはないかと、懐中電灯を片手により詳しく調べると、隅に追いやられていた小さなちゃぶ台に珍しいものが置いてあった。形は無骨で、ずっしりと重厚感があり、手によく馴染む。ところどころに傷がついており、ぞんざいに扱われていたことが窺えるが――なかなか高級そうな、なかなか使えそうな、それは双眼鏡だった。
「あんまり大事にしてないみたいだから、いいよね」
 美依は双眼鏡を持ち出すことにし、心の中で言い訳をした。直後、そんな自分の思考を鼻で笑う。その行為は窃盗に違いなかったが、こんな状況だ、どこから批判が出るわけでもない。人が死ぬことよりも盗みに抵抗がある? 我ながら不道徳な話だった。
 それから美依は更に山を登り、申し訳程度に舗装された登山道を進み、ふもとと山頂の中間あたりに設けられている休憩所に辿り着いた。休憩所とはいっても、山道の脇にベンチ代わりの太い丸太を横たえているだけの簡素なものだ。ふもとに落ち込む斜面の並木が部分的に伐採され、そこにまで無理矢理にベンチが埋め込まれている。勾配はかなり急で、一歩踏み違えると転がり落ちてしまいそうだった。
 東、南に同じような標高の山があり、それらに囲まれた平地には人家や商店などが密集している。この場所からは、市街地とその向こうの港が一望できた。
 美依は慎重にあたりを見回したあと、首から提げていた双眼鏡を覗いた。月明かりだけでは頼りなかったが、それでも双眼鏡の性能は確かなものらしく、南東の方向、1キロほど先の建築物がくっきりと目に映った。瓦の数まで数えられそうだ。
 そうやってしばらく景色を眺めていて、ふと気づいたことがあった。
 どうも“聴覚が刺激されていない”ようなのだ。悲鳴や銃声などの人工的な物音が一切聞こえてこない。全員が出発してからまだ1時間弱しか経っていないが、それを踏まえても、静かだった。
 竹岡鳴と別れたあと、美依の耳に音が届いたのはたった1度だけだ。休憩所に到着した直後に聞いたそれは、かすかな爆発音だった。少し移動して山の上から音のした方を見てみると、学校の傍の道路に誰かが倒れており、大量の血が身体の下で大きな水溜りを作っていた。縦横無尽に伸びた枝に遮られているためか、いまひとつぴんと来なかったが、それは出発以降はじめて見た死体だった。
 横顔だけは辛うじて確認でき、それが古屋祥子だとわかった。どうやら禁止エリアに引っ掛かり、首輪が爆発したらしい。自殺か、担当官の話を聞いていなかったかのどちらかだろう。
 そういえば――3組がプログラムに放り込まれたことをいち早く察したのは、おそらく彼女だったと思う。それに、家庭科室で他のクラスメイトが眠っていたときも、どういうわけか、彼女だけが起きていた。これらの奇妙ともとれる行動には、なにか事情があるのだろうか?
 見なければよかった、と美依は思った。祥子を見たことによって、いらぬ疑問を思い起こす結果になってしまった。美依は胸に引っ掛かったことを最後まで突き詰めないと気が済まないたちだったが、祥子が死んでしまった以上、その理由を知る術はない。答えの得られない謎に気を取られている場合ではないのだ。
 祥子のことをどうにか頭から追い払い、元の休憩所へ戻った。そして、それから何の動きもないまま、今に至る。
 美依は視線を少しずつ滑らせながら、物音が聞こえない原因を考えていた。――誰も殺し合っていないのだろうか。それとも、音の出ない武器ばかりが支給されているのだろうか。
 美依の頭に学校にいたときのことが思い浮かんだ。月家具が従えていた中年兵士、それに2人の女兵士は銃器を携帯していなかった。ちらと見ただけだが、職員室にもそれらしきものはなかったはずだ。美依はこの島で、まだ一度も銃を目の当たりにしていなかった。そうすると、生徒たちにもあてがわれていないのかもしれない。プログラムでは銃の支給が通例との話だが、例外もあり得るのだろうか。
 銃だけならまだいい。しかし、もし武器が“音を発しない”ことを条件に選定されているのだとしたら、少し具合の悪いことになりそうだった。音がすれば誰がどこで何をしているのかを判断しやすくなるが、無音だと殺害現場はおろか死体にさえも遭遇しにくくなってしまう――。
 そのとき、視界の端で動くものがあった。
 美依は垂直に跳ね上がった心臓を抑え、急いで焦点を合わせた。平地にある住宅街、車1台がやっと通れるくらいの路地を、双眼鏡は映し出した。
 誰かが自転車に乗っている。なびいている髪が腰ほどまで伸び、その上癖毛であることから、中原皐月(女子8番)だとわかった。誰かと連れ立っているわけではなく、かといって追いかけられているわけでもない。ただひとりで自転車をこぎ、港の方角へ向かっている。やがて皐月は民家の陰に入り、姿が見えなくなった。
 ――なにしてんだろ。
 美依は思考を巡らせた。少なくとも、彼女は“隠れる”という選択をしなかった。これから隠れる気なのかもしれないが、そうすると、人の集まりそうな住宅地に向かうのはあまり得策とは言えないし、出発してから時間が経ちすぎている感もある。誰かを捜しているのだろうか?
 中原皐月は躾の行き届いた女の子だった。お辞儀は深く丁寧で、食後にはハンカチで口を楚々と拭く。クラスの中では1、2を争うほどの美人だが、それを鼻にかけることもなく、謙虚な態度を崩さない。
 そんな彼女に、最大級のマナー違反である殺人を犯すことはできないだろう、と美依は思った。――よっぽど明確な理由がない限りは。
「どうしようかな」
 声に出さないままそう唇を動かしている間に、美依の心は決断を下していた。
 彼女が“やる気”かそうでないかはわからない。この先、何もしないかもしれない。しかしいずれにしろ、人がいないところで殺人は起きない。
 美依は地図をデイパックから取り出し、住宅地への道筋を確認した。そして気分が高揚していくのを感じながら、速やかに山を降りはじめた。

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